研究概要

当研究室では、主に「ゲノムのせめぎ合い」「エピジェネティクス」に着目した研究を展開しています。例えば、自殖性の植物では、DNAの塩基配列はオスとメスとで同一であるはずですが、実際はオス由来とメス由来のゲノムの機能はそれぞれ異なっていることが知られています。このことは、特に受精後の胚発生を助ける胚乳組織において顕著であり、オス由来のゲノムは胚乳を大きくし、メス由来のゲノムは胚乳を小さくするといった、相反する機能を持つことが古くから知られています。我々は、これまでに、胚乳組織においてオス・メスの由来に応じて、片親性の遺伝子発現が決定されるゲノムインプリンティングを明らかにしてきおり、今後もDNAの塩基配列情報のみでは説明できない様々な生命現象を明らかしていこうと考えています。

植物の代表的なインプリント遺伝子の制御機構 DNA脱メチル化

(1) ゲノムインプリンティングの制御機構の解明

これまでの研究により、シロイヌナズナのFWA遺伝子は胚乳において母親アレル特異的に発現するインプリント遺伝子であることが明らかになっています。母親アレルの活性化には雌性配偶体で発現しているDNA脱メチル化酵素遺伝子の働きが必要で、父親アレルのサイレンシングには維持型DNAメチル化酵素遺伝子の働きが必須です。私たちはFWA遺伝子の発現を指標にインプリンティングの制御に関与する突然変異体を選抜して解析しています。雌性配偶体でおこるFWAの不活性な状態から活性な状態へのエピジェネティックなリプログラミング機構を明らかにすることを目指しています。(参考:ライフサイエンス 領域融合レビュー 2013 ; ライフサイエンス 新着論文レビュー 2011)

哺乳動物と被子植物に保存されているゲノムインプリンティング

(2) 種間雑種における胚乳崩壊の分子メカニズム

イネやシロイヌナズナを含む多くの植物では、種間の掛け合わせを行うと、胚乳発生が原因で生殖隔離がおこることが知られています。このような胚乳発生異常は種の組み合わせ、交雑の方向性、倍数性によって決まることから、ある決まったメカニズムが存在すると考えられます。私たちは、現在理解されている胚乳発生の分子メカニズムやゲノムインプリンティングの機構から、種間雑種における胚乳崩壊の分子メカニズムを明らかにしようとしています。また、このようなオス由来とメス由来のゲノムの機能の違いは、哺乳動物においても知られており、両者の比較からゲノムインプリンティングの役割に迫りたいと考えています(参考:Ohnishi T. and Kinoshita T. Plant Morphology 2011)。

(3) バイオトロンブリーディング法を用いた胴割れ米発生機構の解析

イネは圃場や温室で育成させるため、冬期の育成や人工交配に課題がありました。また、野外環境に左右されるため、再現性のある安定した栽培実験を組むことが困難でした。我々は、高性能の人工気象器を用いてこれらの問題点を解決し、年6世代の戻し交配を可能にするバイオトロンブリーディング法を開発しました(Ohnishi T., et al, PCP 2011)。こうした新しい方法論を用いて、近年の地球温暖化に伴い問題となっているイネの高温登熟、特に胴割れ米の問題を研究しています。具体的には、厳密に制御された人工気象器内で胚乳発生のステージを追ってヒートパルス実験をすることなどにより、温度に脆弱な分子機構の同定を目指しています。

バイオプトロンブリーディング法 年6世代の戻し交配